名も無き男の死



その人のことは、何も知らない。

年齢は、外見から判断する限り、初老といったところ。でも名前も出自も、おそらくは誰も知らない。

府中駅前から甲州街道まで伸びている通路の、TSUTAYAの奥。階段付近に花が手向けられていた。

たぶん、彼が亡くなった。先月末の雪の頃のこと。あのへんをねぐらにしていたのだろうか。思わず手を合わせた。

昨今はすっかり「ホームレス」という呼び方が定着しているようだが、あえて言えば、彼は昔ながらの「乞食」スタイルだった。

今どき珍しく、目の前に空き缶を置き、人通りの多い駅の構内でじっと正座したまま動かない姿を、しばしば見かけた。

もっともそれは「副業」だったのかもしれない。ふだんはアルミ缶を集めたりして、どこかにブルーシートや段ボールでこしらえた家があったのかもしれない。本当のところは、私にはわからない。

身の回りの近しい人間や好感を抱いている著名人を除けば、誰かの死は所詮、他人事にすぎないのかもしれない。

ガードレールに置かれた酒や花束は、記号でしかない。人身事故で電車が止まると、それが意味することを分かっていながら口の中で悪態をつく。そして新聞やテレビは日々、誰かの死を機械的に伝える。

でも府中駅の構内で、寒い日もじっと動かず俯いていたあの人のことを思うと、ちょっとだけ心が痛む。

過去、彼に対していくばくかの施しをしたわけではない。逆に、施しをしなかったせいでもない。

結局のところ彼が自分にとって、まったくの他人よりも近いところにいたということなのかもしれない。

「これだけ色んな人に思い出してもらえたなら、成仏してくれるかな」

そんなネットの書き込みに、ちょっとだけ心が救われた。