女優の山田真歩さんが初めて「男はつらいよ」シリーズを見て、それが「夕焼け小焼け」であったという話を読んだ。
じつは私も「夕焼け小焼け」は大好きな作品であり、シリーズでも少なくともトップ3、下手するとベストという位置づけだ。
でも、どんなところがいいのか、薄ぼんやりしていたので検証してみる。
「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」はシリーズ第17作となる。宇野重吉が日本画の大家・堀之内青観、太地喜和子がマドンナとして、播州龍野の芸者・ぼたんを演じている。
序盤の、青観と寅の出会いや、とらやでのやり取りからして傑作だ。金を持たないがために無銭飲食を咎められた老人を寅が助け、そのまま酔っ払ってとらやに転がり込むわけだが、青観の正体が分かる頃には当の本人は帰宅してしまう。定番のコミカルな演出が冴え渡る。
ところで寅さんといえば、誰もが知るフォーマットとしてマドンナ役に恋をし、結局は実らないというものがある。定型としてマドンナの周辺にはかならず男性がいたりして、最終的にはその男とマドンナの恋の橋渡し役までしてしまうことさえある。
だが、「夕焼け小焼け」においてはその型は用意されていない。
ぼたんは寅に対して恋慕の情を見せるし、寅は寅で、さくらにぼたんの想いをほのめかされ真顔になるが、明確に恋が破れるといった展開にはならない。そもそもラストシーンで寅はぼたんに会いに龍野に行っているのだ。
シリーズ全体を見渡しても不思議な関係である。
明確な、好いた好かれたがないかわりに、ぼたんはある覚悟を持って上京し、とらやを訪れる。
底抜けの明るさで周囲を盛り上げるぼたんだが、大きな問題を抱えている。そしてその問題は、とても若い女性が解決できるようなものではないし、タコ社長や、もちろん寅にもどうしようもない。
だからこそ、とらやメンバーの「どうにかしてやりたい」という気持ちや行動がぼたんに通じたとき、落涙を禁じ得ないシリーズ屈指の名シーンとなる。
無い知恵を絞った寅は、青観を頼る。だがここでもひと悶着あり、寅の願いは叶わない。啖呵を切って、出ていってしまう。ひとりポツンと残された青観の背中も印象的で、ラストシーンへの布石ともなる。
龍野における、青観と老女の邂逅も、この作品における見どころのひとつだ。多くは語られないが、かつて恋仲であったであろう老いた二人が交わす言葉ひとつひとつに重みがあり、全体のアクセントになっている。青観が乗る車を見送るシーンが、なんとも言えない余韻を残す。
おまけだが、龍野のシーンでは宇野重吉と寺尾聰の親子共演もあったりする。
まとめよう。
私がこの作品をこよなく愛するのは、人が人を想う気持ち、その尊さを、多様なパターンで盛り込んだ点にある。
寅を筆頭とするとらやのメンバーがぼたんに対して、また青観はかつての恋人に、そして寅やぼたんに。青観と親しい時期があった老女は青観に。とりわけ、兄弟を養いながら芸者をしている、有り体に言えば金に困っているぼたんが最後に見せる心意気。そして寅の行動。これほどまでに人の人に対する想いが輻輳し、噛み合った作品は珍しいのではないか。
そしてそれは、寅とマドンナの恋路という定型にこだわらなかったからこそ実現できたのではないかとも思う。
多くの人が、見終わったあとに得も言われぬ多幸感に身を浸すことになるはずだ。こんな駄文を読ませておいて言うのもナニだが、さっさとAmazon PrimeとかNetflixで検索して、本編をご覧いただきたい。