わが故郷、浜松が生んだ写真家・若木信吾氏による、ドキュメンタリーのような不思議なフィクション。天竜川や中田島など、浜松を舞台にロケされており、実際に若木氏の生家でロケされたそうだ。遠鉄バスなども出てくる。
私小説ならぬ、私映画。あるいは私フィルム? 亡くなった祖父を撮影し続けたのが写真家としての第一歩だったこともあってか、思い入れがヒシヒシと伝わってくる。そのおじいさんの写真集も出版されてるんだね。
たぶん特殊な機材を使うわけでなく、全編通して、HDカム(?)で撮影してるんだと思うのだが、写真家らしく、時にドキッとするような美しいシーンが挿入される。
主人公(本人)役は、バンプオブチキンみたいな感じの青年。親友役の2人は実際の監督の幼なじみ。どちらも(実際に)障害を持っていて、職場のシーンなんかがドキュメントっぽく挿入される。
都会ではそこそこ名の知れた写真家となっている主人公が、その親友2人と街中に遊びに行ったとき、なぜか鍛冶町(ローカルだなあ!)の横断歩道で東京の仕事関係の人間とバッタリ会ったりするが、ぎこちないやり取りがイイ。
それにしても喜味こいしの存在感はすごい。『ホノカア・ボーイ』を観ても思ったのだが、この人はある意味、笠智衆を越えているのではないか。凛とした様は、ベスト老人オブザワールドといってもいいくらいだ。
酒場で、若者に誘われて同じテーブルで飲むシーンなんか、すごくいい。威厳をひけらかすわけでもなく、あくまでも自然体であり、その佇まい、若者たちのあしらい方は、これぞまさに粋というもの。
極めつけは、海でのシーン。
以前も書いたことがあるが、浜松人にとっての海とは、延々と続く砂丘をひたすら歩いて、ようやく辿り着くというものであり、「海へつれていってくれないか」という言葉は、決して大げさではない。
砂に足を取られながら、一歩ずつ傾斜を登り、ようやく開けた視界の向こうに現れる水平線。海へと至るまで、どんな思いだったのか。そこで奏でるバイオリン、星影のワルツである。
監督自身の私的な思いだけでなく、見る者にとってはいとし師匠のことも思い出されるはずだ。
決して一般向けではないが、カッコいい老人が大好きな私としては、大いに満足。こいし師匠には、とにかく長生きしていただきたい。
この映画、実家に帰ってたときに1人で見た。そのまま置いてきたけど、はたしてウチの親父はどんな感想を持つだろうか。「よくわからん映画だったな!」とか言いそうだ(笑)。