10月7日金曜日。
朝一番の新幹線に乗るには、自宅を5時30分に出る必要がある。あえて早めに出発し、朝までやってる行きつけの飲み屋でハイボール2杯。
軽やかな気分で武蔵野線から埼京線に乗り継ぎ、無事、懐かしの盛岡に降り立った。8時44分着。やはり東京に比べると寒い。外国人観光客の姿もチラホラ。よいことである。
駅構内の売店で福田パンのあんバターとコロッケ系を買い込む。これは昼飯かおやつとなる予定。
トイレを済ませていつもとは反対側、西口のタクシー乗り場へ。運転手さんに「滝ノ上温泉」を告げるも、案の定知らない。網張温泉方面と伝えて、あとは車内から無線で道を確認してもらうってことで。
道中、なにゆえ滝ノ上温泉なんぞに行くのかという話になり、カクカクシカジカと語る。地元の人にとっちゃ、温泉ならもっといいところがあるだろうし、酔狂な客にしか見えんわな。
ゲートのギリギリまで行ってもらうという手もあったが、新しくなった滝峡荘も見ておきたい。橋のところで降ろしてもらい、運ちゃんに別れを告げる。1時間1万円コースとは知っていたが、11020円。単独だと全額負担なのが痛いが、まあこんなもんでしょう。
いや、ウェブサイトで見てびっくりしたのだが、実物を見るともっとびっくりする。かつての面影はまったくない。昔のほうが風情があって好きという意見もあろうが、運営者目線でそうはいかんわな。

滝峡荘が生まれ変わった経緯については、ネットに転がっているプレゼンファイルを読めばよくわかる。切実さがにじみ出ている。今後、このエリアがもうちょっと注目を集めて、活性化につながればと期待するが、果たしてどうか。
温泉があるんだから、キャンプ場はアリだとは思うがスペースが必要になるよね。どっちかというと今風に天然サウナかなあ……。次回は素通りではなく、宿泊も考えてみたいと思う次第。

滝峡荘の見学を終え、パッキングを整え、沢靴を履く。ストレッチなぞをしてさあ出発。
しばらくは地熱発電所の道路をテクテク歩く。職員の方々も見慣れているのだろう、特に声をかけられることもない。
葛根田の入渓点としては、2万5000図上の堰堤マークをすぎたところ、林道が右に屈曲するあたりがよい。踏み跡が続いており、無事川原に降り立った。
あー、何年ぶりだろう。紅葉の盛りにはまだ早いものの、夏とは全く異なる秋の装い。流れに足を浸けると、うわっと声が出るほど冷たいんだが、それもまたうれしい刺激というものだ。

滝ノ上温泉を10時すぎに出たので、今日は大石沢出合でいいかな、という呑気な計画である。がんばれば中ノ又沢出合まで行けなくもないが、のんびり沢中2泊が前提なので急ぎすぎてもよろしくない。
久しぶりの「沢」の感触を味わいながらゆっくり目にゴーロ帯を歩いていると、やがて明通沢が左岸から入る。その先に大ベコ沢が6mのナメ滝、懐かしの牛首をかけて出合う。
1本取り、しばし眺め入る。

この滝はもはや礼所というか、お地蔵さんというか。変わらずにそこにある、あってくれるだけでうれしい存在。まるで旧い友人に会ったときのような。
若い頃は「見た目ユニークな滝」なだけの存在だったが、加齢とともに受け止め方が大きく変わるのだな。
この滝を「ドクロ滝」などと呼ぶ人もいるようだが、正直勘弁してほしい。風情というものがない。確かにくぼみが眼窩のように見えなくもないが、ドクロというより巨神兵だろう。ていうか、大ベコ沢の牛首でよいではないか、と独り憤る。
名残を惜しみつつ先へと進むと、右岸にトラロープが垂れている。葛根田の核心部とも言えるゴルジュ、「お函」の始まりだ。
ひとくちにゴルジュといっても、当たり前だが沢によって様々だ。どれも増水したら危険というのは共通するが、葛根田のお函はV字型に開けており空間そのものが明るいこと、水に磨かれた岩肌の見事さ、水深が深いがゆえのエメラルドグリーンな水の色と、美しさが際立っている。

それでいて突破が容易とくれば、初心者や私のようなロートルには本当にちょうどよい。

とはいえ季節は秋。いやらしいところに落ち葉がたくさん付いてたりして、滑らないかと若干ヒヤヒヤしながら一歩を踏み出す。


牛首からの1本、美麗なるゴルジュをじっくり堪能し、やがて大石沢出合に到着した。
幕営地をしばし探すが、結局本流と大石沢に挟まれた台地に定めた。夕方から雨の予報もあり、もうちょっと高台にあると安心なのだが、雨量もさほどでもなさそうだし。
ザックを置き、薪を集める。タープを張り、荷を解く。
書いてしまえば簡単だが、やはり独りだと効率が悪い。特に薪集めは、三往復でどうにかといったところか。
と、ここでとんでもない事態が発覚する。ガス缶を忘れたらしい。
いやあ、長年山をやってるけど、これは初めての失態だ。つまりは今後、すべての調理を焚き火で行う必要があるということだが、今回の手抜きな食糧計画が奏功…というか、基本「お湯さえ沸けば問題ない」という内容だったのと、レーションや追加食材を多めに持ってきていたこともあり、冷や汗をかきつつも気楽に構えることにする。
夜はアルファ米+レトルトカレー、朝はインスタントラーメンというセットが2日分。前述の、潤沢すぎる量のレーション(結局これらは大量に余ることになる)、さらになぜか「食いたくなるのでは?」とノリで持ってきたチリトマトヌードル&どん兵衛(きつね)。
水も冷たく気温も低いが、そこまで凍えるほどでもない。持参した温度計では10℃だった。どうにかなるだろう。
とりあえず盛岡駅で買った福田パンをもしゃもしゃと食べながらタープの先で火を熾す。コッヘルに水を入れ、焚き火にかける。コーヒーでも淹れるかと思ったあたりから、雨が降り始めた。

のんびりしてはいられない。薪をできるだけタープの下に入れ、ノコを挽きまくる。雨脚が強くなる。炉心の維持に努め、火勢を保つことに集中する。持参した傘を差し、火を育てる。
結局、焚き火が安定するまでに小一時間かかってしまったが、ようやくコーヒータイム。温度計を見たら、6℃まで下がっていた。
この時期は、5時すぎには暗くなる。福田パンで満腹状態だったので、メシはもういいやとばかりにコーヒーに垂らしていたラムをマシマシに。もう腰を据えて呑むことにした。
本流際に置いたケルンで水位を確認しつつ、ウイスキーをあおり、火の世話をする。その繰り返しで時がすぎていく。時折、思い出したように歌が口をこぼれる。

雨さえなければとは思うが、満ち足りた時間を過ごす。FDのおしるこを作り、チェイサー代わりにする。独りの夜は長いような短いような。
集めた薪をぜんぶ焚べた頃には睡魔に襲われ、最後に水位が変わらないことを確認してからシュラフに潜り込む。
タープを叩く雨の音。焚き火の爆ぜる音。

10月7日 コースタイム
滝峡荘 10:05
入渓点 10:55
牛首 11:28
お函入口 11:54
大石沢出合 13:13
就寝 22:00頃(?)