キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

震災があったりもしたのでちょっと心配しておりましたが、無事に連載開始の様子。次号からということで、しばらくはイブニングを購入することになりそうです。
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

震災があったりもしたのでちょっと心配しておりましたが、無事に連載開始の様子。次号からということで、しばらくはイブニングを購入することになりそうです。
いつも巡回しているサイト経由で、九州新幹線のCM制作舞台裏の映像を見た。まるっきり九州ローカルな番組ではあるが、なんとも楽しそうです。このタイミングでの公開は、やはり震災に配慮していたからとのこと。編集を終えて30分後にあの地震が発生したそうです。
いつか熊本に行って、草千里経由で高千穂に抜けるというのが野望なのだが、長崎のちゃんぽんや肉まんの誘惑は避けがたいし、そもそも博多にも滞在したいしで、実現するのはいつになることやら。
まとめサイトではずいぶん前に話題になっていたが、その後、東洋経済で記事になっていたね。
↑のまとめページでも触れられているけど、九州新幹線全線開通のCMにはもうひとつのバージョンがあって、そっちも面白い。鉄腕稲尾から王さんの胴上げとかね。ま、あくまで個人的にね。
あと、本編の楽曲にはマイア・ヒラサワの曲が使われているんだけど、最初に聴いたとき、「ビョーク姐さんにしちゃ、いやに明るい曲だな」と勘違いしたものです。何がいいってその歌詞。こんな形で”We Are The World”をdisるというのが斬新。
あとあと、カンヌ国際広告祭ですが、じつは家人が関連本の制作に関わっていたりもするのでした。リンク張ろうかとも思ったけど自粛。
劇場公開時は行けなかったんだよなあ、コレ。畏友・dai君からずうっと勧められていたのだけど、ようやく目にすることができた。
んー。素晴らしい作品です。まさにオレ好みというか、ど真ん中ストレート。
内容はググればいくらでも出てくるので割愛しますが、とにかく切ないですねぇ。随所で、心の奥がキュ〜ッとなる。特にラストは、息を飲みます。
あと、有名なこのやり取り。80年代最高!90年代最低!!
Randy ‘The Ram’ Robinson: Goddamn they don’t make em’ like they used to.
Cassidy: Fuckin’ 80’s man, best shit ever !
Randy ‘The Ram’ Robinson: Bet’chr ass man, Guns N’ Roses! Rules.
Cassidy: Crue!
Randy ‘The Ram’ Robinson: Yeah!
Cassidy: Def Lep!
Randy ‘The Ram’ Robinson: Then that Cobain pussy had to come around & ruin it all.
Cassidy: Like theres something wrong with just wanting to have a good time?
Randy ‘The Ram’ Robinson: I’ll tell you somethin’, I hate the fuckin’ 90’s.
Cassidy: Fuckin’ 90’s sucked.
Randy ‘The Ram’ Robinson: Fuckin’ 90’s sucked.
best shit ever! とかシビレルぜ。この言い回し、某MMOでよく使ったものです。Cobainってのはニルヴァーナのボーカルの人ね。

ところで、しばらく前にAppleTVを買ったんですよ。「レスラー」もコレで観たんだけど、いやはや素晴らしいね。映画のレンタルや購入だけじゃなくて、iPhoneやiPadのAirPlayがイイ。あと、iOS5で写真も簡単にPCやら何やらと同期できるし。
木曜日、ネットを巡回していたら、仲井戸”CHABO”麗市のライブが5日連続で渋谷であるとのこと。土曜日は飲み会、日曜日はカミサンと子供を迎えに行くため、今日か明日なら行けそう。
さすがに当日はチケットの手配がつくかどうかわからなかったので、金曜日の回を抑えて、コンビニで受け取り。いまどきは、ネットで何でも揃うのだなあ。
金曜の夜は、”GOING UNDER GROUND”というバンドと対バン。予備知識ゼロで行ってきた。
内容は、本当にサイコーでした。GOING UNDER GROUNDというバンドはアレだね、NHKの何かの番組のテーマ曲の人たちでしたね。「主役はきみーとぼくのー」って曲。なかなかよいではないか。やっぱ、音楽はナマだなあ。
すごく印象的だったのは、ドラムの人。細身のカッコイイ系の方で、力を入れてないように見えて、ムチャクチャ動きがよくパワフル。リードボーカルも取ってた。
小一時間ほどでセット変更。いよいよ、ニュー仲井戸バンドの登場。編成は、ギターとキーボードがKyon(ボ・ガンボス!)、ベースは子供ばんどにいた湯川トーベン。懐かしい!
この日の個人的な収穫は、ポエトリー・リーディングの「エレキギター」。幼い日のチャボが、ショーウィンドウのギターを眺め、それを手にするまでのことが語られる。そうか、丸井の月賦で買ったのか。しかもセミアコか。趣味がいいぜ。
初めて自分の楽器を手にしたときの感動は、いまでも覚えている。そんな昔の日々が懐かしく蘇る。チャボのポエトリー・リーディングについては、いつかまた、あらためて書いてみたいものだ。
アンコールは、対バン含めての大セッション。ティーンエイジャーから雨上がり、最後のStand by Meでは、曲の途中でリズムセクションが入れ替わるという大技を見た。これには、ちょっと伏線がある。
そもそもチャボを観に来た客がほとんどという中、GOING UNDER GROUNDのパートでは、客席のノリはお世辞にもいいとはいえなかった。私のように初めて聴くという人も多かったはずだ。
そんなこともあって、チャボはMCでもしきりに彼らのことに触れ、「いい曲いっぱい持ってやがんな、チクショー」などと持ち上げたりもした。
最後のセッションでは、GOING UNDER GROUNDのボーカルとギターは歌やリードギターで上手いこととけ込んでいたが、リズム隊はステージの端でコーラスを担当。タンバリンとカウベルを手にしてはいたが、ちょっと固さがある。
歌も佳境というところで、ベースの湯川トーベンが、GOING UNDER GROUNDのベーシストを手招きし、耳打ち。で、いきなりベースをよっこらしょと渡すのだ。
さらには、ドラムの河村カースケ氏も、一人残されたドラマーを呼び、演奏中に入れ替わる。二人の身長差はかなりのものがあり、とても窮屈そうに、でもとても楽しそうに叩いていた。
なんというかこの、業界の先輩たちの、後輩を気遣いつつ盛り上げる様に、とても暖かい気持ちになれたよ。

会場のホールは、映画館のようにしっかりとした座席があって、私のような腰痛持ちにはすこぶる快適であった。オールスタンディングとかはもう無理だけど、こういうライブならまた見に行きたい。
陸前高田に入ると、風景が一変した。
比較的平野部が広いからか、被害の度合いがこれまで走ってきた町に比べると段違いだ。国道沿いにうずたかく積み上げられた瓦礫の山は、かろうじて原型を留め残っていた五階建てのマンションと同じ高さがあり、縦横それぞれ100メートルは越えようかという巨大さ。それが、いくつも連なっている。何台か作業していた重機が、本当に小さく見えた。
それまでの道程では、「半年の間に、ここまでキレイになったんだな」という感慨を抱くことも多かったのだが、陸前高田〜気仙沼までは、正直「半年経ったのに、まだこんなかよ……」と打ちのめされっぱなし。
ライフラインである幹線道路こそキレイに復旧されてはいたが、この瓦礫の山、いや山脈を目にすると、本当に今回の震災のとんでもない規模が実感できる。
呆然としつつ運転していたら、いつのまにか気仙沼に入った。
このあたりも、陸前高田と状態は同じか、さらにひどい。
地盤沈下のため、冠水するようになってしまった道路のかさ上げ工事。よく見ると工事費用が書いてあり、5265万円とある。高いのか安いのかはサッパリわからないけど、休日なのに何人もの作業員が汗を流していた。

巨大な船。福島県いわき市の、「第十八共徳丸」。排水量330トン。気仙沼市では、この船を震災のモニュメントにしよう、なんていう話も出ていたそうだ(その後、どうなったかは不明)。4/6の記事と写真が時事通信に上がっていたが、さすがに当時よりは周囲がスッキリしている。
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=wsq413-jlp10693512
転倒防止のために支えも設置されているが、すぐそばに警官が常駐しており、私のような野次馬が近寄らないように監視していた。
この時点で、午後もけっこう遅い時間。帰りの新幹線や帰京時刻を考えると、そろそろタイムリミットだ。ここから内陸、一ノ関駅へと向かう。
一ノ関はいま、奥州平泉の世界遺産登録でにわかに湧いている。三連休の最終日ということもあってか、駅前の混雑も想像以上だ。おばさまの集団、待合室で勉強する女子高生たち。直前に目にした被災地の風景とは、まさに対極にある。
どうにか新幹線の席を確保し、慌てて駅前の食堂に入り、肉を存分に食らう。
この店、じつは前沢牛が食える店なのだが、今年8月に出荷停止となっていたため、供された肉はすべて米沢牛だった。そんないきさつを、愛想のいいおかみさんとしんみりトーク。こんなところにも震災の余波があったとは(その後、出荷停止は解除されている)。
ほんとうは、三陸に来るのは直前まで相当迷った。自分の中でどんなに理屈をつけてみても、やはり単なる野次馬の域を脱することはないような気がしたからだ。
そんなことをウジウジ考えていたら、半年も経ってしまった。思い切って訪れてみて、やっぱり結果的には、単なる野次馬にすぎなかったとも感じている。
ただ、震災復興には忘れないことが大事だとするならば、決して忘れられない風景をこの目に刻むことができた。テレビや雑誌でわかったつもりではいたが、月並みながら実際に見聞きすることで、文字通り体が震える感覚を何度も味わった。
いずれまた近いうちにこの道を、三陸を訪れたい。きっとそのとき、今回訪れた意味がまた、違う形で出てくるのかもしれない。
できればゆっくりと、八戸から順繰りに、石巻や塩竈、いっそフクイチの手前まで。
同行者のNくんにも感謝。
田老を後にして、国道45号をひた走る。休日だったせいか、そこそこ道は混んでいて、気がつくとパトカーが後ろにピッタリついてくる。今年の11月に免許更新な私は、何事もなければ念願のゴールドになるので、メーターとにらめっこ。ヒヤヒヤ運転である。
パトカーは非常に多く、頻繁にすれ違う。車体を見ると、北海道や大阪、静岡など全国から集まって来ているようだ。
今回の震災では自衛隊や消防庁などはクローズアップされていたが、全国の警察も被災地に集結し、さまざまな協力を行っている。おつとめ、ご苦労様である。
釜石まで走り、橋上市場で朝食を……と思ったが、ちょうどタイミングが悪く店が開いていない。ランチタイムまでブラブラし、1Fのこじんまりとした食堂で三食丼をがっつく。あまりの美味さに一瞬にしてたいらげる。
釜石も宮古と同じく、駅前のあたりはあまり震災の陰がない。駅は内陸よりにあるものの、おそらくは半年でここまできれいになったということなのだろう。実際、港方面は被害が大きく、なかなか復旧は進んでいないようだ。
釜石といえば新日鐵。駅のすぐ近くには大きな工場があるのだが、その敷地には瓦礫がうずたかく積まれていた。
なお釜石市では近年になって防災教育を徹底するようになったおかげで、子供の犠牲者は格段に少なったらしい。「釜石の奇跡」とも言われているが、こんな記事もあった。至極もっともな内容であった。
小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない
「想定外」を生き抜く力 (片田敏孝)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312「家に1人でいるとき大きな地震が発生しました。あなたならどうしますか?」と質問した。ほとんどの回答は、「お母さんに電話する」「親が帰って来るまで家で待つ」というものだった。
私はそのアンケート用紙に、「子どもの回答をご覧になって、津波が起きた時に、あなたのお子さんの命は助かると思いますか?」という質問文を添付し、子どもたちに、家に帰ってから親に見せるように指示した。
釜石を後にして、気仙沼を目指す。
その途中、国道から外れて沿岸部に立ち寄ってみた。小さな集落。
海岸沿いにビシッと建っていたであろう堤防が破壊されている。倒れている向きからして、引き並みでやられたのは間違いないのだが、基礎が固められ、新たな堤防が築かれようとしている。1000年に1度の大津波はしばらく来ないかもしれないが、10年に1度、100年に一度の規模は、いつまたやってくるかわからない。
すでに見慣れた風景となった、基礎だけが取り残された茶色の風景のなか、結婚式の写真が、重しの石を乗せられパタパタと風に揺れていた。おそらくは、その家に住んでいた夫婦のもの。近所の人が、見つけてそっと置いたのであろう。
新しい堤防が守るべき町並みは、いまはまだない。写真の夫婦や家族は、無事にいずれかの避難所にいるだろうか。さまざまな想いが頭の中をぐるぐる廻る。
あまり時間がない。陸前高田経由で気仙沼を目指す。