生まれて初めて有馬で……

早めに起きて、せっせと大掃除。ガラスを拭いたり床を磨いたり。ひと段落したところで、ふと思い立ち府中競馬場へと散歩がてら出かけた。

府中市民になってもう2年くらいなんだけど、競馬場に行くのは……何年ぶりだろう? ヘタすると、フサイチコンコルドが勝ったダービー以来かも。道すがら、府中図書館でCDを借りたりして、さらに遠回りして鳩林荘の雑木林を抜けて、東門から入場。非開催日は入場料無料なのね。けっこうな人が集まっているが、それでも第四コーナー付近は余裕を持ってターフビジョンを観戦できる。

馬券のほうは、あまり欲を張らず、情にもほだされず(つまりコスモバルクは無視)、1枠から5枠と6枠に流した。んでゲット。感激。

「あっとビックリ!ダイユウサク!」から買い続けて、初めて有馬記念で払い戻しを受けた。そして浮いた金は、すべて晩飯のしゃぶしゃぶに消えたのであった。

驚愕! 『オールド・ボーイ』原作の土屋ガロンは狩撫麻礼だったんだ!

驚愕!とか言ってるわりには、すでに既知のことだったりして。ま、カスる人も少なそうだが(笑)。

最近、韓国で映画化されてカンヌでグランプリを取った『オールドボーイ』は、原作となるマンガが昔、週刊漫画アクションで連載されていたというのは有名な話(そういえばアクションっていま隔週刊になって復活してるのね。北朝鮮拉致問題マンガで話題ですが)。当時、アクションを愛読してたので、「すげぇな」と思いつつ毎週おっかけてたんだけど、まさか原作の土屋ガロンというけったいな名前の御仁が、かの狩撫麻礼だったとは……。どうりで、テイストに合ったわけだ。

どこで気づいたかというと、いま(映画特需で)書店に並んでる『オールドボーイ』のオビにそう書いてあったのだ。

狩撫麻礼は、『ボーダー』とか『ハード&ルーズ』などのマンガの原作を手がけ、一部(オレも含む)では熱狂的に支持されている。たぶん、狩撫麻礼名義で仕事をしたのは、やはりアクションで連載してた『タコポン』が最後? てっきりその後、クスリで死んだかあるいはストイックに旅に出たかと思っていたんだが、そうか別名義で仕事してたんだ……(といっても、オールドボーイ自体かなり昔のことですが)。

試しにググってみたら、こんなサイトが見つかった。え、ひょっとしてここにある作品リストの「Others」って、全部が狩撫麻礼なの….か……….???

なお、リンク先サイトの下の方に谷口ジローとのインタビューがリンクされていて、そこがまた興味深い内容。狩撫麻礼って関川&谷口コンビをかなり意識してたんだね。時代的にもおそらく『事件屋稼業』かと思うが、なるほど、そういうチカラ関係だったのか〜。

池上永一 『ぼくのキャノン』

ようやく、年末進行地獄も出口が見えてきたか。週末は、月島のあんこう鍋@ほていさんを堪能したかと思えば徹夜でいろいろ作業したりと、かなり体をいじめてしまった。「じゃ、あとはヨロシク」と帰ってちょっとだけ寝て、出社しても……まだ終わってねぇでやんの。まあいいけど。

池上永一 『ぼくのキャノン』

戦争中、帝国陸軍によって村に設置されたキャノンを崇め、3人の老人によって支配されている沖縄の村が舞台。大戦によって焦土と化した沖縄だが、この村は驚くべきスピードで復興し、豊かさのレベルがズバ抜けて高い。もちろんそれには秘密がある。老人の孫たちが、謎に挑む。

評価が難しい本、というのが最初の感想。冒頭、1/3くらいは正直読むのが苦痛だった。なんというか、「滑ってないか?」感が非常に高かったのだ。おかげで何度、途中で読むのをやめようと思ったことか。それでも、後半以降は持ち直したんだけど、この作者のユーモア感覚には、たぶん最後までなじめなかった。

作者の池永永一という人は、沖縄本島出身の石垣育ち。「沖縄戦はそろそろ物語になる時期に達した。僕でなければ、誰がこれをやるの?」とオビで言ってるんだけど、「なるほど」と素直に思う。沖縄の戦争が絡んだ話というのは、どうしてもある一定のトーンでしか語られてこなかった。最後の「戦後」が、まだ沖縄には残っているという感覚は、おそらく理解されやすいのではないか。

では、作者の目論見は達成されたかというと、そういう視点で見ると殊更「構えて」しまうのが、僕のような無責任な観光客的視点のヤマトンチュではないかとも思ったり。作者は1970年生まれで自分と同世代だが、おそらく親の世代の影響もあるのだろうな、きっと。

もう一冊、読んでみようと直木賞候補にもなった作品を入手。そういう意味では、気に入った書き手なのかもしれない。

ムーンライダーズ 『アマチュアアカデミー』再発によせて

年末進行まっさかりなくせに、スケジュール表は忘年会でギッシリ。今週中にどこまで仕事を片づけられるかが、シアワセな年末年始を迎えるカギとなるだろう……なんて思ってる人、日本中でいっぱいいそうだなぁ。

こんなときは、音楽でも鳴らしてシコシコ働くに限るわけで。

ムーンライダーズ 『Amateur Academy(アマチュアアカデミー) ~20th Anniversary Edition~』

時代を先取りしすぎた、なんて言葉は陳腐だが、実際彼らはこのアルバムの前々作『マニア・マニエラ』が、あまりにも先鋭的すぎるとレコード会社に判断され、お蔵入りした前科があった。そんないざこざの後、レーベルも移籍して心機一転なタイミングでリリースされたのが、この『アマチュアアカデミー』だった。

だが、やはり当時(1984年)の日本では幅広い理解を得られず。絶望した(?)メンバーたちは、次作で楽曲のすべてが個人制作、ボーカルのみ鈴木慶一で共通という超個人的異色アルバム、『アニマル・インデックス』を産み落とすことになる。

かなり気合いが入っていたであろう『アマチュアアカデミー』のセールス失敗によって、いちリスナーとして見ていても、バンドは一時ギクシャクしたものになった気がした。実際、各自ソロ活動やプロデュース業にさらに熱心になったんじゃなかったかな(うろ覚え)。

今回出た20周年記念盤は2枚組の構成。Disc1はオリジナルのリマスターだ。Disc2は特典系で全7曲。BLDG(英語バージョン)、Goap(ライブ)、SEX(ライブ)、NO/OH(ライブ)、MIJ(シングルバージョン)、GYM(シングルバージョン)、HappyBirthday(完全未発表)が収録されている。この時期は慶一さんの喉もまだ若く、ライブでのクォリティーも高かったなぁ(最近は……)。

おそらく、ムーンライダーズのファンで投票をしても三本の指に入るであろうこの名アルバムが、長らく絶盤だったというのも信じがたい。オリジナル音源のCDは持ってたんだけど、特別版ってことで購入。改めて聴くと、今だからこそココロに刺さる言葉とメロディーだったりもする。

これまた陳腐かつ平板だが、ようやく時代が追いついたのか……って、ちがうな。時代はきっと、この不良中年バンドには永遠に追いつけないに違いない。そういや、新作がそろそろ出るとかいう噂もあるけど、どうなってるんだろう?

ツボ突きまくりムック?『Time Switch』

おそらく30代中盤以上の人であれば、ものすごい共感を覚えるのではないか。いわゆる「懐かし本」の類なんだけど、これがまた、なんというかいい味を出している。

会社の近所に版元の竹書房があって、たまたま前を通りかかったとき、ショーウィンドウの中に石原さとみが泣いてる表紙が目に付いた。まわりが「麻雀なんとか」とかなので、目立つ目立つ(笑)。どうにも気になってすぐ買おうとしたんだけど、書店を何軒か探してやっと購入した。

Time Switch Vol.1「あのころ、70年代に会いたい」
・あの人の涙を探しに行きませんか? 石原さとみ/夏目雅子/岡田奈々
・特集:70年代懐かしグラフィティ
・付録CD:心の旅/チューリップ、東京の一夜/甲斐バンド、今はもうだれも/アリス、思えば遠くへ来たもんだ/海援隊、ほか

Time Switch Vol.2「紅白・レコ大・ゴジラの青春」
・別れを見つめる場所に、いつもきみといた 菊川怜
・特集:大晦日の夜、僕たちのクライマックスは「紅白」と「レコ大」だった
・付録CD:黒い花びら/水原弘、天使の誘惑/黛ジュン、シクラメンのかほり/布施明、ルビーの指輪/寺尾聰、ほか

なんと、懐かしの名曲がそのまんま入った音楽CDが付いてるんである。鴻上尚史がDJを務める深夜放送的なノリで、曲の間にトークが入るって感じね。vol.1のゲストは泉麻人、vol.2は山田邦子とかが参加。なお、vol.1では歌詞掲載ページにギターのコードも掲載されている(なぜかvol.2ではそれが消えちゃってる)。

楽曲以上にキモなのが、懐かしの音源。例えばvol.1はCMとして「ボンカレー 子連れ狼編」、またABC放送の「プロポーズ大作戦」テーマを収録。vol.2では、「ゴジラの鳴き声」(ただゴジラが鳴いてるだけの音だ)、CMでは「チロルチョコ」が。それにしてもまさかもう一度、あの名セリフ「3分間待つのだぞ」を聞けるとは思わなんだよ……。iPodに入れて、楽しんでおりまする。

そんなに頁数は多くないんだけど、構成も丁寧だし、編集の質もかなり高い。年季の入った辣腕編集者がゴリゴリと作ってる感がある。例えば、現代のタレントを使って、往年のムードを作ろうとしてる特集なんかは、思いつきはしても、実現するにはそれなりの周到な用意が必要なんだが、特にvol.1は石原さとみの使い方がとてもいい(vol.2の菊川怜はゴジラ絡みでの起用なんだろうけど、今ひとつか)。全体を通してみると「チカラ技だなぁ」というのが率直な感想だが、ハマる人(オレだ)にはたまらんのだ。

どうやら売れ行きも好調らしく(?)、来年2月10日にはvol.3が出るようだ。特集予定は「フォーエバーGS!」だって。たぶん買うな、これも。

東野圭吾 『さまよう刃』

この週末はサッカー三昧だった。土曜日のCSは、アレックスがFKを直接決めた時点で浦和の勝ちを確信、飲み会へと出かけたが、携帯の速報で延長の末にPKで負けたことを知る。恐るべし、岡ちゃん&横浜DF陣。

日曜日は、最後のトヨタカップ。こちらも延長までやっても勝負がつかず、PKでFCポルトが勝利。う〜ん、南米勢に頑張ってもらいたかったが……。

東野圭吾 『さまよう刃』

なにしろ、重い話だ。たったひとりの家族である娘が何者かに連れ去られ、レイプされ、挙げ句、死体となって発見される。犯人は十代の若者であり、現代の司法がその罪を厳しく償わせることはない。父親は、犯人を司法にゆだねるのではなく、自らの手で復讐することを決断する。

『秘密』や『トキオ』のような作品が好きな東野ファン層は、物語全体を支配する重苦しいトーンが苦手かもしれない。私は独身で子供がいないのに、胸が締め付けられそうになった。ましてや年頃の子供がいる人なら、この物語のテーマは読んでいてツライのではないか、とも思う。

だが父親が、そして警察が次第に犯人を追いつめていく物語中盤以降の展開は、さすがの筆力。2段組、368頁というボリュームも苦にならずに読み進められる。やがて作者が用意した「救い」に気づいたとき、評価は一変するだろう。

この作者、基本的にイイ人なんだよなぁ。ほんとうに「やさしい話」を書かせたら、現代作家の中ではピカイチなんではないかと思う。読み終えて、いい気分で一杯飲んでたら、飲み屋に本を忘れてきてしまったのが痛恨……。

地下潜伏中

ここ数日、仕事に行き詰まり、都内某所に籠もりきりになってしまった。なんとか光明が見えてきたので、そろそろ社会復帰せんとなぁ。

こういうときは買い物に限る。つーことで書店を徘徊し、いろいろ買い込む。

●Number 617「日本サッカーには浦和がある」
●Time Switch vol1 & 2
●東野圭吾『さまよう刃』

Numberは予想通り。東野圭吾は反射的に。で、ものすごい衝撃を受けたのが竹書房から出てるムック、『Time Switch』なんだけど、これについてはまた後日……。

あ、あと電話を買ったな。Vodafoneの3G、Nokia 702NKを。そのダメっぷりはチマチマと検証中ですが、これもまた後日。

おそらく実在する『ニュースの天才』的な毎日

川崎で映画を見て、浪花ひとくち餃子「餃々(チャオチャオ)」で各種餃子をビールで流し込む。いいなぁコレ。近所に欲しい店だわ。安いし。それにしても最近は、川崎で遊ぶことが多いなぁ。

『ニュースの天才』(2004年 ビリー・レイ監督)

1914年に創刊され、唯一、大統領専用機「AirForce One」に設置されているという老舗の政治雑誌、「The New Republic」。そしてその編集部で働く新進気鋭の記者、スティーブン・グラス。若干25歳の彼は、独特なセンスと切り口でさまざまな記事を執筆し、編集部内でも評価の高いバリバリのヤリ手である。

だがある日、「Hack Heaven」という記事にライバル出版社のネットマガジンが反応する。ある子供のハッカーが大企業を恐喝し、まんまと報酬を得ていたとする内容だが、ライバル社としては「なぜウチが知らないような記事を?」というわけだ。そこで調査を進めると……。

「真実を伝える」ことは、実は途方もなく難しい。NHKのニュースだから真実だというわけではない。言葉の使い方、ニュアンスの伝え方、話の順番、そして網羅性。意図的にそうしようと思えば、ニュースというものはいかようにもその姿を変えることができる。

例えば先の新潟中越地震。そりゃ被災者は困ってる。これから雪も降るし、エコノミークラス症候群で亡くなる人さえいる。震災のドタバタで暗躍する裏稼業の連中。罹災証明を受けられないがために現場を離れられない人たち。偏った救援物資。そして窓口だけでいくつあるのかわからなくなるような義捐金の受付。

これらを報じる記事は、あくまでも断片でしかない。受け手は、断片を集めることでしか本質に迫れないのだろうか。そして「真実を伝える」ことは、実は途方もなく難しいくせに、「作る」のは、実はとても簡単なんである。大なり小なり、日々のニュースはまさに作られている。

史実に基づいて制作されたというこの映画は、いろんな意味で身につまされる。この1年でネットの世界はブログを中心に大きく変貌を遂げたわけだけど、その片隅でこんなこと書いてる人間でさえそうなんだから、マスコミ関係者は必見ではないか(笑)。

個人的には、アメリカにおける雑誌編集部の描写がけっこう面白かった。一般スタッフでも個室あるのね〜とか、そういうレベルで。あと、会議なんかの仕切り方もいいねぇ。

年末公開映画の中では地味なのは否めないが、決して後味は悪くない。むしろ、こういうネタなのに最後まで緊張感を持って物語が進んでいくのは、なかなか爽快だった。

う〜ん、なかなか「ハウル」に足が向かないなぁ……。

桐野夏生 『I'm sorry, mama.』

昼間、日暮里の朝倉彫塑館に行ってきた。いやーステキなところで、感動。大隈重信さんもいましたよ。

で、今夜は飲み会。都心ではなくて川崎なので、移動がめんどいのだが、会うお方は、前の職場の大先輩、それに某マンガ関係者。なぜかこのお二人が知り合いだったことが発覚し、不思議な縁を感じつつの宴なのだ。

桐野夏生 『I’m sorry, mama.』

この人のような「化け方」をリアルタイムで追うことができるのは、シアワセと感じる一方で、いったいどこまで行ってしまうんだろうという不安さえ抱いてしまう。『OUT』で人気作家となり、『柔らかな頬』で天才作家になった彼女は、その疾走スピードをさらに上げた。ここ最近の、『グロテスク』、『残虐記』、そして本作へと至る流れは圧倒的だ。

もうね、最初の数ページを読んだだけでドキッとするんですよ。「え?え?…………!!!」みたいな。あらすじなんかが頭に入っていたら、たぶんこの「ドキッ」はなかったはずなので、ここでは書きません。できれば、何の予備知識も得ずに読むのがお勧めですが、上記作品を含めて、あえて個人的に★なぞを付けてみるとこうなります。

『柔らかな頬』★5
『グロテスク』 ★4.5
『残虐記』 ★4
『I’m sorry,mama.』 ★4

物語自体の尺はさほど長くはないのということもあるのだが、没頭し、すぐ読了。邪悪なもの、醜いもの、とにかく一切合切の汚いものを、この人ほど強い筆致で、しかもそのおぞましさをこれでもかと増幅させて書ける人は、ほかにいないことを再確認した。男の身でさえこうなのだから、女性読者はいったいどんな感想を抱くんだろう。

初期の村野ミロシリーズや、ファイア・ボール・ブルースのような作品にも独特の翳りはあるが、やはり『柔らかな頬』以前と以後とでは、まるで別人である。それはおそらく、作者自身の加齢と無関係ではあるまい。細かいプロフィールは知らなかったのだが、1951年生まれだったことを今回初めて知る。写真もおキレイだし、もっと若いかと思っていたのだが、『柔らかな頬』は1999年、50代を目前にした作品だったわけだ。私は当然、最近の作品のほうが好きだ。

じつは、ウチの会社に桐野作品の登場人物のような女性がいる。年齢は、おそらく40前後。器量はよくないが、スタイルはそこそこ。いつも派手な服(まるでキャバクラ嬢のような)を着て、さっきも喫煙室でタバコをくわえながらマニキュアをぬっていた。周囲の連中は、できるだけ無関心を装いつつ、心中では明らかに見下している。私もおそらく、その1人。

読後、さて次は何を読もうかと書店に入った。だが、まるで7キロの牛肉を胃袋に押し込められた後のように、棚に手が伸びないのだ。しばらくはクールダウンが必要と断念し、なぜかギターマガジンなぞを買ってみたり。

流転を続ける村野ミロのその後も気になるなぁ。

もはや盗作ではない

べつにモーニング娘。に対しては、特にファン的な感情もないし殊更きらいなわけでもないので、今回の安倍なつみさんの一件については「ふ〜ん」といった程度でしかなかった。

ただ、どんなふうに盗作をしたのかは気になった。そこでワイドショーなんかをわりとマメにチェックしてみたんだが、そんなに取り上げられてないみたいだし、フジテレビなんかはあからさまに扱いが小さい。

そうしたら、ちゃんと「まとめサイト」があるのね。2ちゃん文化も、こういうところは迅速だし、いい機能の仕方をしてるなーなんて感心しながらアクセスしてみたら……

いやー、今度は安倍なつみに対しては本当に本当に感心しました。感心しっぱなし(笑)。「うわー!すげー!」だなんて、会社で叫んじゃいましたよ。これを無意識レベルで行うというのは、常人の理解を超えてるなぁ。「パクるなら、もっと上手にやりなよ」なんて言うのは、きっと凡人なんだろうね。拍手モンです。

それにしても、なんで今になって表面化したのか、そっちのほうも気になる。けっこう数年前の作品もあるのに、誰も本当に気づかなかったのかなぁ。火付け役は例によって2ちゃんなんだけど、剽窃された側は絶対に気づいてたと思うんだけどなぁ。

芸能界におけるジャニーズだのハロプロだのの「影響力」はよく取り沙汰されますんで、おそらくはほんの数ヶ月で、まるで何事もなかったかのように活躍する安倍なつみさんをTVで見ることができるでしょう。

しばらくはツライだろうけど、がんばれなっち! 婦人警官をボコボコにした稲垣吾郎だって、今じゃ元気にやってるから!

『Mr.インクレディブル』をこっそり見てきた

『Mr.インクレディブル』(2004年 ブラッド・バード監督)

仕事柄、ピクサー作品はすべて目を通しているので、チェックしてきた。今週末からかな、封切りは。原題は「The Incredibles」、つまり「インクレディブル一家」だ。邦題を決めるのに苦労したとは思うが、これじゃ映画のコンセプトが台無しかとも思う。まぁ、邦題問題は挙げたらキリがないか。

そもそも”incredible”という単語自体が、日本人には馴染みが薄い。”unbelievable”なら知ってるんだろうけど。あと、いわゆるMrs.インクレディブルの名前は、”Elasty Girl”(伸び縮み娘)だが、パンフや公式サイトなんかだと「スーパーガール」になってた。気を回しすぎるのもどうかなあ、と思う。まぁいいや。

ピクサー作品の歴史は、テクノロジーの歴史でもある。『モンスターズ・インク』に出ていた女の子、ブーは、当初は髪を垂らしている設定だったが、当時の3D技術ではそれが困難だった(髪は、結局結ばれている)。そう、実はピクサー作品で人間が主人公なのは、この作品が初めてなんである。長女は内気で、いつも長い髪で顔を隠しているのだが、そういった表現もやっと実現できたわけだ。ちなみに、エンドクレジットには、「Hair & Cloths」のレンダリングチームが独立して記されていた。かなりの大所帯で、かつこの映画のテクノロジー的なキモでもあったのが、よくわかる。

他の作品との差異は、まだある。最も大きいのが上映時間。アメリカでは、「アニメは90分以内」というのが一般的なのだが、本作は110分を越える。要するに、長い作品は子供受けしないということらしいんだけど、この上映時間については、相当ディズニーとモメたらしい。

肝心の内容だけど、これがすこぶるイイ。過去の作品では『モンスターズ・インク』が個人的ベストだったが、それを上回ったかな。

スーパーヒーローたちが活躍する陰で、市民への被害も拡大。そして訴えられ、敗訴。彼らはみな、一般市民としての隠遁生活を余儀なくされる(なんてアメリカっぽい!)。イクレディブル家を支えるお父さん、Mr.インクレディブルも今では冴えない保険会社のサラリーマンだが、つい情に溺れて保険金を支給してしまうため成績はよくない。これまた元スーパーヒーローの妻と営む家庭を支えるために働くも、完全なリストラ要員である。ヒーローの資質は子供たちにも遺伝しているが、長男はそれを隠して暮らすことにフラストレーションがたまる毎日で、イタズラばかり。長女は、とことん内向的で好きな男の子に話しかけることすらできない。そんなある日、父親のもとに、スーパーヒーローとしての仕事の依頼が入るのだが……。

伏線の張り方も絶妙。笑わせるところ、泣かせるところもバランスよくて、見る前はかなり眠かったのに、寝入ることもなくラストまで引っ張られました。原題からもわかるように、テーマは明らかに「家族」。特に母親の存在がカギですな。私はチョンガーなんでアレですが、夫婦子供連れで見に行くといいんじゃないかと思いますヨ。

最後に、ピクサーとディズニーについて。

この両社がタッグを組むのは、次回作『Cars』まで(車が主人公って……しかもNASCAR??)。ディズニー側は新しいCGアニメ制作会社を開拓したそうで、本格的に契約は打ち切りということらしい。スティーブ・ジョブズは激怒したそうだが、ディズニー側が、ピクサーをコントロールしきれなくなったというのが真相か。まぁ、ディズニーもいい話ばかりは聞かないんで、潮時だったのかねぇ。

じゃあ、ピクサーは配給に関してどこと組むのか? ジョン・ラセターは何を考えてるのか? ひょっとして、ジョブズが強引に動画配信事業をアップルで始めるとか……って、それはさすがにないか(笑)。