しょんべん横町からゴールデン街へ

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ニール・ヤングの”From Hank To Hendrix”じゃあるまいし。19時すぎから飲み始めて、電車が動き出すまで。

22時には帰りますからね!と念押ししたにも関わらず、愉快な酒のせいで、ついやらかしてしまった。それぞれみんな、朝から仕事なのにね。

そういえば、しょんべん横町には、中国の資本がガンガン入っており一部で問題視されているようだ。新宿もさらに変わりつつあるということか。

あのCMの舞台裏

いつも巡回しているサイト経由で、九州新幹線のCM制作舞台裏の映像を見た。まるっきり九州ローカルな番組ではあるが、なんとも楽しそうです。このタイミングでの公開は、やはり震災に配慮していたからとのこと。編集を終えて30分後にあの地震が発生したそうです。


いつか熊本に行って、草千里経由で高千穂に抜けるというのが野望なのだが、長崎のちゃんぽんや肉まんの誘惑は避けがたいし、そもそも博多にも滞在したいしで、実現するのはいつになることやら。

まとめサイトではずいぶん前に話題になっていたが、その後、東洋経済で記事になっていたね。

↑のまとめページでも触れられているけど、九州新幹線全線開通のCMにはもうひとつのバージョンがあって、そっちも面白い。鉄腕稲尾から王さんの胴上げとかね。ま、あくまで個人的にね。

あと、本編の楽曲にはマイア・ヒラサワの曲が使われているんだけど、最初に聴いたとき、「ビョーク姐さんにしちゃ、いやに明るい曲だな」と勘違いしたものです。何がいいってその歌詞。こんな形で”We Are The World”をdisるというのが斬新。

あとあと、カンヌ国際広告祭ですが、じつは家人が関連本の制作に関わっていたりもするのでした。リンク張ろうかとも思ったけど自粛。

映画『レスラー』をようやく観た

劇場公開時は行けなかったんだよなあ、コレ。畏友・dai君からずうっと勧められていたのだけど、ようやく目にすることができた。

んー。素晴らしい作品です。まさにオレ好みというか、ど真ん中ストレート。

内容はググればいくらでも出てくるので割愛しますが、とにかく切ないですねぇ。随所で、心の奥がキュ〜ッとなる。特にラストは、息を飲みます。

あと、有名なこのやり取り。80年代最高!90年代最低!!

Randy ‘The Ram’ Robinson: Goddamn they don’t make em’ like they used to.
Cassidy: Fuckin’ 80’s man, best shit ever !
Randy ‘The Ram’ Robinson: Bet’chr ass man, Guns N’ Roses! Rules.
Cassidy: Crue!
Randy ‘The Ram’ Robinson: Yeah!
Cassidy: Def Lep!
Randy ‘The Ram’ Robinson: Then that Cobain pussy had to come around & ruin it all.
Cassidy: Like theres something wrong with just wanting to have a good time?
Randy ‘The Ram’ Robinson: I’ll tell you somethin’, I hate the fuckin’ 90’s.
Cassidy: Fuckin’ 90’s sucked.
Randy ‘The Ram’ Robinson: Fuckin’ 90’s sucked.

best shit ever! とかシビレルぜ。この言い回し、某MMOでよく使ったものです。Cobainってのはニルヴァーナのボーカルの人ね。

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ところで、しばらく前にAppleTVを買ったんですよ。「レスラー」もコレで観たんだけど、いやはや素晴らしいね。映画のレンタルや購入だけじゃなくて、iPhoneやiPadのAirPlayがイイ。あと、iOS5で写真も簡単にPCやら何やらと同期できるし。

とても素敵なライブを見た夜

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木曜日、ネットを巡回していたら、仲井戸”CHABO”麗市のライブが5日連続で渋谷であるとのこと。土曜日は飲み会、日曜日はカミサンと子供を迎えに行くため、今日か明日なら行けそう。

さすがに当日はチケットの手配がつくかどうかわからなかったので、金曜日の回を抑えて、コンビニで受け取り。いまどきは、ネットで何でも揃うのだなあ。

金曜の夜は、”GOING UNDER GROUND”というバンドと対バン。予備知識ゼロで行ってきた。

内容は、本当にサイコーでした。GOING UNDER GROUNDというバンドはアレだね、NHKの何かの番組のテーマ曲の人たちでしたね。「主役はきみーとぼくのー」って曲。なかなかよいではないか。やっぱ、音楽はナマだなあ。

すごく印象的だったのは、ドラムの人。細身のカッコイイ系の方で、力を入れてないように見えて、ムチャクチャ動きがよくパワフル。リードボーカルも取ってた。

小一時間ほどでセット変更。いよいよ、ニュー仲井戸バンドの登場。編成は、ギターとキーボードがKyon(ボ・ガンボス!)、ベースは子供ばんどにいた湯川トーベン。懐かしい!

この日の個人的な収穫は、ポエトリー・リーディングの「エレキギター」。幼い日のチャボが、ショーウィンドウのギターを眺め、それを手にするまでのことが語られる。そうか、丸井の月賦で買ったのか。しかもセミアコか。趣味がいいぜ。

初めて自分の楽器を手にしたときの感動は、いまでも覚えている。そんな昔の日々が懐かしく蘇る。チャボのポエトリー・リーディングについては、いつかまた、あらためて書いてみたいものだ。

アンコールは、対バン含めての大セッション。ティーンエイジャーから雨上がり、最後のStand by Meでは、曲の途中でリズムセクションが入れ替わるという大技を見た。これには、ちょっと伏線がある。

そもそもチャボを観に来た客がほとんどという中、GOING UNDER GROUNDのパートでは、客席のノリはお世辞にもいいとはいえなかった。私のように初めて聴くという人も多かったはずだ。

そんなこともあって、チャボはMCでもしきりに彼らのことに触れ、「いい曲いっぱい持ってやがんな、チクショー」などと持ち上げたりもした。

最後のセッションでは、GOING UNDER GROUNDのボーカルとギターは歌やリードギターで上手いこととけ込んでいたが、リズム隊はステージの端でコーラスを担当。タンバリンとカウベルを手にしてはいたが、ちょっと固さがある。

歌も佳境というところで、ベースの湯川トーベンが、GOING UNDER GROUNDのベーシストを手招きし、耳打ち。で、いきなりベースをよっこらしょと渡すのだ。

さらには、ドラムの河村カースケ氏も、一人残されたドラマーを呼び、演奏中に入れ替わる。二人の身長差はかなりのものがあり、とても窮屈そうに、でもとても楽しそうに叩いていた。

なんというかこの、業界の先輩たちの、後輩を気遣いつつ盛り上げる様に、とても暖かい気持ちになれたよ。

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会場のホールは、映画館のようにしっかりとした座席があって、私のような腰痛持ちにはすこぶる快適であった。オールスタンディングとかはもう無理だけど、こういうライブならまた見に行きたい。

ルート45を南へ その4

陸前高田に入ると、風景が一変した。

比較的平野部が広いからか、被害の度合いがこれまで走ってきた町に比べると段違いだ。国道沿いにうずたかく積み上げられた瓦礫の山は、かろうじて原型を留め残っていた五階建てのマンションと同じ高さがあり、縦横それぞれ100メートルは越えようかという巨大さ。それが、いくつも連なっている。何台か作業していた重機が、本当に小さく見えた。

それまでの道程では、「半年の間に、ここまでキレイになったんだな」という感慨を抱くことも多かったのだが、陸前高田〜気仙沼までは、正直「半年経ったのに、まだこんなかよ……」と打ちのめされっぱなし。

ライフラインである幹線道路こそキレイに復旧されてはいたが、この瓦礫の山、いや山脈を目にすると、本当に今回の震災のとんでもない規模が実感できる。

呆然としつつ運転していたら、いつのまにか気仙沼に入った。

このあたりも、陸前高田と状態は同じか、さらにひどい。

地盤沈下のため、冠水するようになってしまった道路のかさ上げ工事。よく見ると工事費用が書いてあり、5265万円とある。高いのか安いのかはサッパリわからないけど、休日なのに何人もの作業員が汗を流していた。



巨大な船。福島県いわき市の、「第十八共徳丸」。排水量330トン。気仙沼市では、この船を震災のモニュメントにしよう、なんていう話も出ていたそうだ(その後、どうなったかは不明)。4/6の記事と写真が時事通信に上がっていたが、さすがに当時よりは周囲がスッキリしている。
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_quake&p=wsq413-jlp10693512

転倒防止のために支えも設置されているが、すぐそばに警官が常駐しており、私のような野次馬が近寄らないように監視していた。

この時点で、午後もけっこう遅い時間。帰りの新幹線や帰京時刻を考えると、そろそろタイムリミットだ。ここから内陸、一ノ関駅へと向かう。

一ノ関はいま、奥州平泉の世界遺産登録でにわかに湧いている。三連休の最終日ということもあってか、駅前の混雑も想像以上だ。おばさまの集団、待合室で勉強する女子高生たち。直前に目にした被災地の風景とは、まさに対極にある。

どうにか新幹線の席を確保し、慌てて駅前の食堂に入り、肉を存分に食らう。

この店、じつは前沢牛が食える店なのだが、今年8月に出荷停止となっていたため、供された肉はすべて米沢牛だった。そんないきさつを、愛想のいいおかみさんとしんみりトーク。こんなところにも震災の余波があったとは(その後、出荷停止は解除されている)。

ほんとうは、三陸に来るのは直前まで相当迷った。自分の中でどんなに理屈をつけてみても、やはり単なる野次馬の域を脱することはないような気がしたからだ。

そんなことをウジウジ考えていたら、半年も経ってしまった。思い切って訪れてみて、やっぱり結果的には、単なる野次馬にすぎなかったとも感じている。

ただ、震災復興には忘れないことが大事だとするならば、決して忘れられない風景をこの目に刻むことができた。テレビや雑誌でわかったつもりではいたが、月並みながら実際に見聞きすることで、文字通り体が震える感覚を何度も味わった。

いずれまた近いうちにこの道を、三陸を訪れたい。きっとそのとき、今回訪れた意味がまた、違う形で出てくるのかもしれない。

できればゆっくりと、八戸から順繰りに、石巻や塩竈、いっそフクイチの手前まで。

同行者のNくんにも感謝。

ルート45を南へ その3

田老を後にして、国道45号をひた走る。休日だったせいか、そこそこ道は混んでいて、気がつくとパトカーが後ろにピッタリついてくる。今年の11月に免許更新な私は、何事もなければ念願のゴールドになるので、メーターとにらめっこ。ヒヤヒヤ運転である。

パトカーは非常に多く、頻繁にすれ違う。車体を見ると、北海道や大阪、静岡など全国から集まって来ているようだ。

今回の震災では自衛隊や消防庁などはクローズアップされていたが、全国の警察も被災地に集結し、さまざまな協力を行っている。おつとめ、ご苦労様である。

釜石まで走り、橋上市場で朝食を……と思ったが、ちょうどタイミングが悪く店が開いていない。ランチタイムまでブラブラし、1Fのこじんまりとした食堂で三食丼をがっつく。あまりの美味さに一瞬にしてたいらげる。

釜石も宮古と同じく、駅前のあたりはあまり震災の陰がない。駅は内陸よりにあるものの、おそらくは半年でここまできれいになったということなのだろう。実際、港方面は被害が大きく、なかなか復旧は進んでいないようだ。

釜石といえば新日鐵。駅のすぐ近くには大きな工場があるのだが、その敷地には瓦礫がうずたかく積まれていた。

なお釜石市では近年になって防災教育を徹底するようになったおかげで、子供の犠牲者は格段に少なったらしい。「釜石の奇跡」とも言われているが、こんな記事もあった。至極もっともな内容であった。

小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない
「想定外」を生き抜く力 (片田敏孝)

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1312

「家に1人でいるとき大きな地震が発生しました。あなたならどうしますか?」と質問した。ほとんどの回答は、「お母さんに電話する」「親が帰って来るまで家で待つ」というものだった。

 私はそのアンケート用紙に、「子どもの回答をご覧になって、津波が起きた時に、あなたのお子さんの命は助かると思いますか?」という質問文を添付し、子どもたちに、家に帰ってから親に見せるように指示した。

釜石を後にして、気仙沼を目指す。

その途中、国道から外れて沿岸部に立ち寄ってみた。小さな集落。

海岸沿いにビシッと建っていたであろう堤防が破壊されている。倒れている向きからして、引き並みでやられたのは間違いないのだが、基礎が固められ、新たな堤防が築かれようとしている。1000年に1度の大津波はしばらく来ないかもしれないが、10年に1度、100年に一度の規模は、いつまたやってくるかわからない。

すでに見慣れた風景となった、基礎だけが取り残された茶色の風景のなか、結婚式の写真が、重しの石を乗せられパタパタと風に揺れていた。おそらくは、その家に住んでいた夫婦のもの。近所の人が、見つけてそっと置いたのであろう。

新しい堤防が守るべき町並みは、いまはまだない。写真の夫婦や家族は、無事にいずれかの避難所にいるだろうか。さまざまな想いが頭の中をぐるぐる廻る。

あまり時間がない。陸前高田経由で気仙沼を目指す。

ルート45を南へ その1

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宮古駅前のビジネスホテルを早朝出発。まずは海沿いの国道45号を目指す。昨夜はあまり目につかなかったが、市庁舎のあたりまでくると、1F部分がベニヤ張りの建物が非常に多い。当たり前だけど海に近くなればなるほど、津波の被害は甚大だ。

連休はこの日が最終日。夜には帰京せねばならない。道の状態にもよるが、おそらくは宮古から気仙沼まで行くのが時間的に精一杯だ。とはいえ、急いで南下はせず、宮古のやや北に位置する田老(たろう)を目指し北上する。

今回、東北に来る直前に、深夜のNHKで田老の防潮堤について検証する番組を見た。高さが10メートル・総延長2.5キロ。万里の長城とも称され、二重に町を防御していた。それがいとも簡単に突破され、かえってその形状から津波の威力が増幅したとさえ言われる。津波の大きさを実感するためにも、やはり訪れておきたい。

宮古からは山間部を走り、ものの十数分。トンネルを抜けたらそこが田老だ。

息を飲んだ。テレビで何度も目にしていたような、津波にやられた被災地の姿があった。

漁協の建物が辛うじて残っているので、そばに車を停め、防潮堤に登った。

そこからの風景は、とても言葉で表現できるものではなかった。

田老では、過去に何度も津波による被害を受けた経緯があり、何年もかけてこの巨大な防潮堤を築き上げたそうだ。自慢の、鉄壁の防御はしかし、1000年に一度とも言われる今回の津波を受け止めることはできなかった。

いま、自分はその上に立っている。ここを軽々と越えた津波。そのスケール感が、なかなか実感できないものの、目の前に広がる風景は紛れもない現実だ。

十年以上も前になるが、東北の沢の中で、急な降雨による増水で命の危険を感じたことがある。ひざ下くらいの水位がみるみる上がり、腰下くらいにまでなると、とてもじゃないが水流の中で立っていることができない。10メートル以上の津波の力学的な破壊力は、まさに想像を絶する。

防潮堤の上をトボトボと歩く。

海側を見渡すと、外周の防潮堤の半分以上が損壊している。わずかに残されたガードレールなども含めて、そのほとんどが海側に倒れている。引き波に気をつけろ、という「ガープの世界」の台詞が頭の中にリフレインする。

「静岡県」と書かれた作業服を着た団体が、おそらくは視察なのだろう、あちこちを撮影していた。

茶色の大地となった田老の町並みは、ボロボロになったコンクリの基礎のみが残り、ところどころ夏草が茂る。休日の朝だというのに、何台かの重機が動いている。

ただ呆然、というよりも、ひたすら圧倒的な敗北感を感じていた。月並みかつ陳腐な言い回しだが、人類の叡智など、自然の猛威の前ではあまりにも無力だ。

果たしてこの町は、より高い防潮堤を新たに築くことになるのだろうか。それとも……。

田老の状況については、震災直後に書かれたものだが、こちらの記事がわかりやすいと思う。
http://yanagihara.iza.ne.jp/blog/entry/2202283/

「宮古秋まつり2011」の夜

森吉山から長駆移動、盛岡の「もりしげ」経由で宮古に一泊。

夕方、予約したビジネスホテルに到着すると、ちょうど「宮古秋まつり」が開催されているとのこと。見物に出かける。

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駅前の通りを、いくつもの山車がパレードするのだが、よく見ると黒石やら、山車のいくつかは青森からの参加のようだ。応援に駆けつけてるんだね。

地元の太鼓が勇ましく響くなか、沿道のおばちゃんが本当にうれしそうに体を揺らしていたのが印象的であった。大人も子供も、みな笑顔である。

市場の駐車場がメイン会場のようだったが、おそらく地元の人々なのだろう、あら汁や海鮮焼きそば、焼き鳥などをびっくりするほどの廉価で提供しており、ご相伴にあずかった。地元の高校生バンドのステージなんかも冷やかしつつ、駅前に移動。居酒屋でカツオやサンマの刺身をつつき、しんみりと呑む。

宮古の市街地、少なくとも駅前周辺では、震災の影響はパッと見ではあまり感じられなかった。それでも路地を歩くと、ところどころ基礎むきだしの更地になっていたり、ガードレールなんかがぐにゃりと曲がったままだったり、爪痕が見られる。

この看板、震災前からあったのか、それとも新調したものなのか。

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祭の余韻を感じつつ、酩酊。

山の神様にお礼を言いにいく。

シルバーウィークの最初の3連休を絡めて、がんばって東北に行ってきました。前半は森吉山を中心に沢とキャンプ(雨、雨、アンド雨)。後半は、三陸海岸を南下するコースでした。

というわけで、まずは何と言ってもこの滝。無事に長女を授かったことを感謝するの図。

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桃洞沢(とうどさわ)は、森吉山の北東部に位置する渓谷で、全面が舗装道路のようなナメの、初心者でも快適に遡行できる沢です。多くの場合、隣の赤水沢とのセットで、桃洞沢を登って赤水を下るのが人気。

今回は、桃洞沢をそのまま詰めて、登山道経由で下山するコースを取りました。ちなみに赤水沢は、古くは玉川温泉への登山道として機能していたそうです。秋田県北部の人々が、わざわざ沢を詰めて湯治に通ってたんですなあ。

そんなわけで、このエリアは難所には必ずと言っていいほどステップが切ってあります。いろんな紹介記事を読むと、そこらのおばちゃんが長靴で登ってたりするんだよね。ゼンマイなどの各種山菜やキノコ狩りにもよく人が訪れるそうで。

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それにしても、スラブ地形の独特なU字谷。その造形は、限りなく女性的かつ官能的でありました。マタギ的には山の神様は女性なんですよね。詳細は、ぜひ矢口高雄センセイの作品を参照してください。

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当日は天気が悪く、秋雨前線が南下+台風が2つ接近中ということで、降り出したらアッというまに増水するのは確実です。なので、早めに行動を開始して、桃洞滝まで行って雨が強いようなら引き返すという計画。当初は沢中泊のつもりだったのだけど、悪天候のため日帰りにすることは前日から決めていました。

結果的には、ちょうど稜線の手前で雨が降り出し始めるというラッキーな展開。稜線手前に軽いヤブコギがあるんだけど、稜線の地形が複雑+国土地理院の登山道の位置が完全におかしかったこともあり、ちょっと迷ったのはご愛嬌です。

1/25000図では、道がないことになってるけれど、立派な登山道が稜線のやや南よりにしっかり付いてます。あとは延々と下るだけ。

黒石側林道方面の下山道は、途中、素晴らしいブナ林を通ります。シトシトと降る雨と相まって、しばし幻想的な風景の中で、「サイコーだ」「サイコーだ」とブツブツ呟いたのでした。

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ビショ濡れになって下山後は、ドM魂を遺憾なく発揮し、土砂降りの中でキャンプすることに。管理人が17:30までいるというので急いで向かい、テントをレンタル(なんせ、タープしか持ってなかったもので)。

この森吉山親子キャンプ場、無料のわりには整地もしっかりしてるし、サニタリー棟も3つあり、すばらしい環境です。サニタリー棟にはシャワー室もあるのですが、沢水を引いている都合で、土砂混入の危険性から使用禁止でした。でも、トイレや炊事場の明かりはオートで点灯するし、チョー快適。もちろん、土砂降りの雨でなければ、ですけどね。

結局、あまりの豪雨+強風に音を上げて、サニタリー棟の炊事場(つまり屋根のあるところ)にテントを張り、一夜をすごしました。管理人さんも親切だったし、機会があればまた行きたいなあ。

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ちっちゃいね

生まれた直後の写真。まだふやけてる。

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お子さんをお持ちの方なら「あー、ハイハイ」ってなモンなのだろうけど、赤ちゃんの手足って、本当にちっちゃいよねぇ。指が比較的長めな気がするのはカミさん似か。ていうか、そこはオレに似なくてよかった。顔? 顔は、まあそのうち変わるでしょう! どうせ赤ん坊なんて、産まれたばっかりは朝青龍かガッツ石松なんだよ!

今日は「早く帰れ!」という上司の後押しもあり、危険な案件が山積みされているところをエイヤと電車に飛び乗り、ほんの30分だけ面会できた。もう母子同室で過ごしていて、おっぱいをングングングングと飲んでいた。

必死に乳首に吸い付いて、疲れたらダラーッと弛緩。んで、ちょっとするとすぐまた吸い付くの繰り返し。オレが抱いてたときも、乳首を探して愚図ったり。ていうか、オレのに吸い付こうとしてたけど。あ、服の上からね、もちろん。

さて、我が子にどんな名前をつけてやろうか。とりあえず実家のオヤジと喧々諤々……。めんどくさいながらも、楽しいひとときである。

弱気は最大の敵

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こういう作品に出会えると、ちょっとうれしい。

『球場ラヴァーズ』(石田敦子/少年画報社)

のっけから、津田のエピソードでなぜか涙があふれる。これはズルイなあと思いつつ、読み進める手が止まらない。野球好きなら、これは絶対にチェックすべきマンガですね。

広島ファンが主人公なので選手そのものはキャラとしては出てこない。作者自らが、プロ野球をテーマにマンガを描くことの難しさに触れているとおり、ドカベンやあぶさんの時代はとっくに昔のことで、いまどきは、例えばモーニングの『グラゼニ』みたいにまったくの架空のチームや選手とするか、あるいは正面切って、なにがしかの手続きをした上で描くしかないんだけど、おそらく相当困難なのだろう。本作も広島東洋カープからの協力はもらっているけれども、公式マンガではないとのこと。

また、広島ファンが主人公ではあるけれど、ネタになるのは広島だけとは限らない。個人的にとても好きなのが、昨年の日本シリーズ、ロッテvs中日の第6戦をバックに描かれるあるエピソード。次の最終戦への流れもステキです。浅尾きゅん☆

飯田橋の「れもん」にも行かなくちゃ!!

マイブーム;大七皆伝

震災以降、いろんな日本酒をガブ飲みしてきたわけですが、浦霞のしぼりたて生酒が異様に美味かったなあ。期間限定ってことで、もう買えないのが残念。

そんでいま、ハマりまくっているのが大七酒蔵の「皆伝」。どんな料理にもよく合って、ついコキュコキュと空けてしまうのです。やばいッス。

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まだ間に合うかも! なつやすみの計画

毎年恒例の、北東北銘渓めぐり〜焚き火飲んだくれツアーが今年は中止。家人の出産予定日がカチ合ったり、体調やら休みの都合等々の原因はあるにせよ、このまま夏が終わってしまうと思うと……やっぱりやるせないナー。

当初、震災のこともあるので東北が誇る霊峰・早池峰にでも行こうかと思っていた。あるいは、毎年お世話になっている、秋田駒から八幡平へと続く稜線を歩くか。それともいっそ、チョー久しぶりに南アルプスでもよいかもetc…

仕事の合間に呻吟していると、ふとひらめいた。アソコがあったよアソコが! アソコに行って、手を合わせていろいろ感謝やら祈願やらをして、ついでにナニをアレするってのが素晴らしいかもしれない。霊験あらたかな感じ!

問題はアプローチだなあ。新幹線で田沢湖あたりまで行ってレンタカーか、あるいはいっそ、大館往復で空路を使うか……。

周辺には立ち寄りたいところもいっぱいあるから、やはりレンタカーを借りた方がいいかもしれんなあ。沢中か、あるいは稜線の小屋で1泊くらいはしたいところ。ちょっと研究しなくては。

ちょっとやる気になってきた。月末か、9月のどこかで休みを取って、サクッと行ってこよう。

↓女性は見ないでください
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『つっぱしり元太郎』の佐伯くんがいいね!

http://www.j-comi.jp/book/comic/4331

電子書籍は話題になってる割には、どこもかしこも「システム」に囚われた状態で、今ひとつ(というか全然!?)盛り上がっていない。そんな中、「Jコミ」はいち早くその可能性を見いだし、即座に実行に移しており、評価も高いようです。

やっぱり、シンプルなニーズに対してシンプルに応えている、というのが大きいのだと思う。利権争いもない、料率でモメることもない、みんながハッピーなソリューションが実現できてるんですね。

そんなJコミさんで、『つっぱしり元太郎』が公開されました。いまや伝説的な野球マンガ。ネットオークションでも滅多に出回らず、あったとしても相当高い値段が付いていただけに、ファンとしては非常にありがたい。

自分もこども時代に断片的だけども読んでいて、義足のピッチャー・メガネくんの印象がとても強い。フォークボールが武器というのと、義足がゆえにフィールディングが問題で、そのカバーの方法をめぐるシーンも覚えてる。

Jコミでの公開後、改めて1巻から最終巻まで読み進めると、何と言ってもエースの佐伯くんがものすごいイイ味を出してるんですね。最初の方は……というか物語のほとんど最後までそのキャラを通すんだけど、最後の最後で、カタルシスというか、こう、ぶわーっと盛り上がるんですわ(なんのこっちゃ、わからんですよね)。このへんは、オトナになって読んだからだと思う。コドモゴコロには、また別の受け止め方があったんだろうな。

主人公の元太郎、そのライバルとも言えるエースの佐伯、その恋人で元太郎も心を寄せる島津玲子、元太郎が住み込みで働く新聞配達屋の娘・美夏ちゃん、元太郎のよき理解者でありチームメイトのメガネ。こうして見ると、構図的には「あしたのジョー」を思い起こします。じっさい、野球マンガなのに、主要なキャラはほぼ上に挙げたほかは、監督とか、まあここではネタバレになるので言えない人が少々いる程度。その他のチームメイトについては、ほとんど描写されていなくて、これは意図的なものを感じます。

野球というのは舞台装置であって、そこに交わる人々をこそ描こうとしたドラマなわけですね。

当時の野球マンガの王道といえば、やはりドカベン。里中や岩鬼、殿間といった魅力的なチームメイトとともに、不知火や雲竜など、これまた凄みのあるライバルキャラを打ち破り、勝利を手にしていくタイプの作風は、ある意味もっとも成功したスポーツ漫画のひな形とも言えます。

でも、『つっぱしり元太郎』はそういう路線ではなく、主要な登場人物の心情描写がメインと言ってもいい。これは、チームスポーツを描いた漫画として見ると異端だけれど、まさにそこが面白いわけです。監督との衝突とか、じつに新鮮。

70年代は、本当にパワー溢れる時代だったのだと実感。繰り返しますが、本当におすすめな作品です。

さて、どうでもいい話ではありますが、作中に完全な脇役というかチョイ役というか、チームメイトにこんな名前の人を発見。外野フライに倒れる1シーンだけ登場するんだけど、これって偶然?? だとしたら、なんかすげー!とか思ったり。

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八月十五日の午後

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例年ならば、この日は東北の山に入ってる時期なんだけど、今年は出勤中。会社から徒歩5分ということで、行ってきました靖国神社。

午前〜正午くらいまでは、いろいろと喧しかったのかもしれないが、想像以上に落ち着いた雰囲気でした。参拝者は非常に多かったけれど。

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手水舎あたりから並んで、参拝できるまで15分くらいかかったかな。けっこうな日差しの中、汗をダラダラ流しながらじっと待つ。お年を召した方が大勢いたが、意外と若者も多かった。非常に静かな行列であった。

この日の在り方を巡っては、国内外問わず言いたいことがある人も大勢いるのだろうけど、果たして私が生きている間に何らかの解決なり妥協なりに至ることはあるのだろうか。中国にせよ韓国にせよ、そして日本の国内ですら、政治的な色合いが強くなりすぎて引っ込みがつかなくなった感がある。事態は絶望的だ。

私の祖父の弟は、フィリピンのルソンで戦死した。名は恒三という。藝大の油画科を出たあと教員となり、いくつかの作品は、いまもどこかで展示されていると聞く。

こんな時代なのでググってみたら、自画像を発見。おそらくは1936年に描かれ、いまも学生制作品として藝大に収蔵されている作品ではないかと思う。なんとなく、顔の雰囲気が自分に似ているようなそうでもないような……。一族における書画の才は、祖父や父は立派なものを受け継いでいるが、私には米粒ほども見られない。残念。

 油画科卒業後、教職についていたが、35才、終戦の前年になって出征。フィリピンから、妻・ゆり子さんに宛てた手紙;

「此処まで来ると視るもの聞くもの珍しい事ばかりです。こんなに異国情緒に富んだ処が近くにあるのだったらもっと早々に来て傑作を残して置けただろうにと思う程です。(中略)小型の悪いスケッチ箱、スケッチ板、水彩絵具セットを何等かの方法で、送って戴けないかしら。椰子の林等画材は書きよく、相当な収蔵を残すことが出来ると思ふのだがそれは後のお楽しみとしよう。」

そのスケッチを遺すことなく、頭部貫通銃創により戦死。

http://blog.goo.ne.jp/sque/e/36d3cb7e4e9b84097d13b1f7443b638c

戦死者はもちろん、手を合わせる人々も心安らかにすごせるようにならないものか。

枝豆を茹でる

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新潟の黒崎茶豆を大量購入。パスタパンでイッキに茹で上げる。

枝豆を茹でる際、ひとつひとつハサミで切れ込みを入れるとイイみたいな話がありますよね。「ためしてガッテン」とかのレシピもそうなってるようです。

でも、メンドくさいので特に処理はしないぜ!塩で揉んで、それだけ!

かき氷

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久しぶりに暑い日。大国魂神社では「商工まつり」なる催しがあり、冷やかしがてら覗いてみたが、なんというか、オトナの文化祭のような雰囲気。かき氷の屋台がいっぱい出ていたので買いそうになるが、どいつもこいつも、スチロールの容器に変形ストロー。

「ガラスの容器でかき氷が食べたいものだ!」

となれば、府中が誇る大衆食堂、吉田屋である。

いつものように、番台で食券を購入し、給仕のおばちゃんに渡す。しばらく待って供されたのは、期待通りにオールドファッションなかき氷。

どうやらこちらでは、上からはシロップをかけないようだ。一気呵成に食べ、ベロを互いに見せ合うのであった。

写真集『峡谷に宿るもの』購入

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東北、というか八甲田の源流の写真を撮り続けている岩木登さんの写真集が出た。力作揃い。素晴らしいゴルジュの写真が表紙を飾っている。

今年は諸般の事情により沢に行けそうにないので、酒を飲みつつパラパラとページをめくっては、無聊を慰めている。

Amazonでも買えるけど、いま見たら取り寄せくさい。版元の東奥日報のサイトから申し込むのが早いかもしれない。
http://www.toonippo.co.jp/book/index.html

北東北の沢にココロを奪われて十数年になるが、やはり源流域を覆う豊かな森がその根源なんだと思う。ブナの巨木が水をたたえ、その水が流れとなって山をゆっくりと削る。そんな中に身を横たえるひとときは、とにかくたまらない。

何をすき好んで、そんなところに行くのかと、みんなに言われる。一生懸命説明しようとするけれど、たぶん言いたいこと、伝えたいことの10パーセントも分かってはもらえない。

アウトドアならオートキャンプやコテージ泊が快適で楽しい。家族みんなで行ける。山に入るなら、せめて夏山ジョイな縦走路、最近は生ビールが飲めて風呂にも入れるらしい。

うむ。オートキャンプも夏山ジョイも、その楽しさは知ってる。あれはいいものだ。雨露を避けて眠ることができるし、トシベなんていう凶暴な害虫に襲われることもない。なにより、しっかり管理されている。幕場も道も。文句を言うところなんか、ひとつもない。

沢の素晴らしさ、きっとそれは古い古い、リズム&ブルーズのようなものだ。

ヒットチャートを賑わす流行歌ではないし、みんなが知っていて好きな曲でもない。カラオケにも向いてない。そもそも、そんな曲を知ってる人なんて、ほんのわずかだ。

誤解してほしくはないけれど、流行歌だって好きだし、ミスチルやくるりは天才だと思ってる。最近だと、なでしこのおかげでRADWINPSだって聴いてる。本当だよ。アルバムを買ったらBUMPのパクリかと思ったけれど。

だから、オートキャンプもそのうちやってみようと思ってる。いや、どうかな……。ていうか、クルマを買うところから始めないとな。

いかん、酔っぱらってきた。こんなときはオーティスだ。YouTubeで検索。” I’ve Got Dreams to Remember”を発見。切ない歌詞だ。じんとくる。

もし佐々木希がババヘラアイスの売り子だったら

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ババヘラアイスに初めて遭遇したのは、角館だったと思う。さっぱりとしていて、言ってみれば「昔のアイスの味」のような。

そんなババヘラアイスのすべてがマンガと文章でわかる本、『ババヘラ伝説』を購入。一気呵成に読了した。感想は、素晴らしいの一語に尽きる。私が大好きな、秋田の無明舎出版の本で、装丁はちょっとシンプルだけど、内容は濃ゆい。名著である。

・雪の日もババヘラアイスが売られるのはなぜか
・なぜ辺鄙な場所でわざわざ売っているのか
・ヘラを使うのはなぜか
・そもそも「ババ」ばかりなのはなぜか

うーん。いろいろ腑に落ちた。そしていま、モーレツにババヘラアイスを食べたくて仕方がない。

アイスの売り子が佐々木希である可能性は何%あるのかについて思索に耽りつつ、「こまち」に飛び乗りたいものである。秋田は最高だ。

なお、この本はAmazonなんかでも買えるけど、できれば版元から直接どうぞ。地方出版の鑑。地元に根ざした、本当に素晴らしい出版社なのだ。やはり北東北三県は、文化の成熟度が高いんだと思う。社長の安倍さんの著作やコラムなんかも異常にレベルが高く、いちファンとして応援しております。

無明舎出版
http://www.mumyosha.co.jp/

やっぱり梅酒を漬けることに

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今年は梅シロップを作ったというのは、以前も書いた通り。けれどもその後、やっぱり梅酒も作りたいなあ〜と思い直した頃には時すでに遅し。青梅は完全に店頭から姿を消していたのでした。

まあ仕方がないよねといったん諦めたんだが、先日、通勤経路にある飯田橋の青森物産館「北彩館」の店頭に、梅が段ボール箱いっぱいにあるのを発見。しかも粒が巨大。なんだこれは。

ショップの人に尋ねたところ、「八助(はちすけ)」という品種で、青森ではこの時期に出回るらしい。まさに僥倖。写真ではわからないけど、ホントに大きいのよこれが。さっそく1キロ買い込んで、あえてホワイトリカーで漬けた。あとでググってみたら、梅というよりアンズに近いらしい。なるほどなるほど。

そんなわけで、「子供が産まれる年に梅酒を作る」というミッションを果たすことができた。ただし、成長する前にすべて飲み干してしまう可能性は否定できない。

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りんご酢マジック

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このところ、りんご酢がマイブーム。炒め物にちょっぴり垂らすだけで、本格中華の味わいになります。いや大げさか。

米酢の香りが苦手という家人も、りんご酢を加えた、皿一杯のニンニク豚バラピーマン炒めをペロリ。確かに好きなだけ食えとは言ったが、これしか残してくれないとは……。

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そうそう、餃子のタレも、りんご酢を使うといい感じですね。

酢といえば、ラーメンに酢を入れるという行為を初めて認識したのは、若い頃荻窪に住んでたとき。

メニューに餃子がないのに、テーブルに酢がある。最初は特に気にしてなかったけど、ある程度食べ進めたところで酢をひと回しする客を見かけて、以降マネするようになりました。しょうゆ系だと、相性バツグンね。

ソ・ソ・ソックラテスかプラトンか



むかしのワールドカップに触れたエントリで、ブラジルのソクラテスという選手のことを書いた。ジーコやファルカンなんかより、ずっと印象は鮮烈だったが、なぜかというと、やっぱりこのCMのせいだ。

みんな悩んで大きくなった。

YouTubeには何でもある。

新・宮乃咩神社が完成

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exifを見ると7月2日撮影とあるので、すっかり忘れていたが、新しい宮乃咩神社が完成していた。7月12日の例祭に合わせた工事だったろうから、予定通りだったか。

上の写真では、手前に暫定のお宮がポツンとあるが、現在は撤去されている。

例祭の日、ちょうど診察が入っていたのでせっかくだからと2人で訪れてみたら、社殿が開陳され、希望者は安産の祈祷を受けられるとのことだった。さすがにご遠慮申し上げ、お札だけいただいて病院へと向かった。

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それにしても立派になったものだ。前の社殿も風情があったけど、新品でピッカピカである。風合いが出てくるのには数年かかるだろう。下は、大国魂神社のサイトより拝借した在りし日の姿。

青袖祭とかも見てみたかったが、さすがに時間が合わず断念。

球音を愉しむ

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個人的な夏の風物詩、府中市民球場での西東京地区予選観戦でありやす。こないだの三連休の話だけれど。

今年は時間の都合で、私立同士のカードしか見ることができなかった。成蹊vs明大明治。てか、明大明治ってどこにあんのさ?(調べたら、調布のあたりだった…なるほど)

チアリーダー完備の私立高校vs近所の無名都立高校というのが個人的に見たかったのだが、致し方ない。とりあえず、スタンドが比較的地味なほうに陣取り、試合に見入る。

私立同士だからなのか、締まった展開。9回までやって3-1で明大明治が勝利した。ほぼ2時間。じんわりと日焼け。

この日勝利した明大明治だが、ベスト16を賭けた試合で都立昭和に破れる。この都立昭和は、次戦でも早実を1-2と苦しめた。よくよく調べたら、秋季大会でも都のベスト4に入っておりなかなかの強豪である。

うーん、なんか高校野球ファンになってしまいそうで怖い。

筒美京平はやっぱりすごい

『また逢う日まで』『木綿のハンカチーフ』くらいは、一般教養として知ってはいたけど、この人のWikiのページを見ると、もはやため息しか出てこない。なんたる天才。サザエさんのOPとEDまで手がけていたとは知りませんでした。




ひょんなきっかけでトリビュートアルバムの存在を知り、このところお気に入り。Wikiのリンクにもあるけど、JASRACのサイトでのインタビューが面白いですね。
http://www.jasrac.or.jp/sakka/vol_2/tsutsumi_in.html

友川かずきはやっぱりすごい

音楽ってのは、やっぱりこうでなくてはいけない。好きだなあ。






うーん。改めて聞くと、ものすごくエネルギーを使う。ある意味、真夏にピッタリかもしれない。

それにしても、モーレツに忙しいッス。ちょっとずつでも、溜まりに溜まったネタを書いていきます。

なでしこと1982年の西ドイツとフランス

職人さん、仕事が速すぎと各地で話題ですw

延長後半からビールを飲みながら観戦し、PK戦から泡盛を舐め、表彰式など各種セレモニーが終わったあたりでは完全に出来上がっていたため、目が覚めたらすっかり昼下がり。

ボンヤリした頭のまま、どうにかメシを作り、一息ついたところで思い出した試合がある。1982年のワールドカップ、西ドイツ対フランス戦だ。

当時、私は中学生。この試合で初めて、ワールドカップのすごさを実感したのであった。

生だったか録画だったかは定かではないけど、真夜中だったのは間違いない。親父と2人で、ワーワー騒ぎながらテレビを見ていた。まだテレビはリモコンなどなく、チャンネルをガチャガチャと回すという時代だった。なぜか部屋の様子も含めて、そのときの情景はよく覚えている。

試合の流れとしては、1-1のまま延長に入り、延長戦でフランスが2点勝ち越し。誰がどう考えてもフランス勝利と思いきや、西ドイツが奇跡的に2点を取り、PK戦に。まさに激闘とも言える試合だった。これがゲルマン魂かと、身体が震えた。

プラティニとかリトバルスキーとかルンメニゲとか。懐かしいなあ。ちなみにこのときのブラジル代表にソクラテスという人がいて、すげー名前だなあと思ったりもした。

40代くらいの世代では、あのスペイン大会でサッカーの面白さに気付いた人も多いはず。尤も私の場合は、最後までプレイする側にはならなかったけれど。

今回の女子ワールドカップは、多くの子供たちにとってサッカーを始めるきっかけになるはずだ。野球のWBC後、公園でキャッチボールをする親子が増えたように、これからしばらくは、ボールを蹴る親子が増えそうですな。

30年も昔の西ドイツ-フランス戦がいまでも古いファンの間で伝説の試合であるのと同様、今回の決勝戦のことが忘れられることは、決してないだろう。